底辺腐女子が地雷レッテル貼りをされてPTSDになった話(5)
【このブログは、二次創作同人作家から突然、地雷レッテル貼りをされてイジメ行為を受け、まともな二次創作活動ができなくなってしまった、底辺の腐女子の訴えのブログです】
おはようございます。 今回は、チモッティーが産後、10年以上も何故、漫画を描くことが出来なかったのかを説明する回その3 です。
息子の白血病(T-ALL)についても書いていきますので、重たい話ですが、地雷レッテル貼りをされてPTSDになった背景でもありますので、ご一読いただけると、ありがたいです。
2012年 9月4日 私の一人息子は3歳で小児急性リンパ性白血病(ALL)と診断されました。
翌日、9月5日には、もっとつらい事実が告げられました。
小児病棟の別室に案内され、治療プロトコルの説明をする前に主治医からお話がありました。
「息子さんは小児急性リンパ性白血病(ALL)の中でも、非常に再発率が高く予後がよくないT細胞型でした」
当時、T-ALLはまだ、発症した子の8割が死ぬ病でした。
ネララビン(アラノンジー)の臨床が開始され5年目の段階であったため
希望が見え始めていた時期でもあります。
そのため、主治医の説明は、「いや、50%・・・死の覚悟をしてください」と言い直してくれました。
難しい局面です。 難病になった子どもの親に、こんなことを説明しなくてはならない医師の重責が、ひしひしと伝わってきました。
言葉を慎重に選びながら、こちらの反応を見ながら。
医師というのは、なんと難易度の高い仕事だろうか、と思いましたね。
私は、覚悟を決めざるを得なかった。
治療をしなければ死ぬしかなく、毎期ごとに切り替わる治療プロトコルの説明は丁寧だったし、ちょうど抗がん剤の使用を調整し、副作用よりも効果を優先するターンでした。(治療プロトコルは、副作用に配慮するターンと効果を最大限に試すターンが交互に試行されます。きちんと説明を医師がしてくださいます)
何よりも、日本は手厚いです。
小児慢性特定疾病の医療助成を申請すれば、医療費は国費で賄われます。
そして息子の白血病は、珍しい型だという
8割死ぬと言われても
自分の子がダメでも、この病を発症する子どもたちが、これからも現れる。
ならば。
たとえ助からなくても、少しでも良い臨床データを遺すことはできる。
闘わなくてはいけない。
勝算が低くととも前に進まなければいけない。
他に選択肢はない。
第一、この治療プロトコルを断る方法はない。
断ったりしたら、どこの病院が息子を受け入れてくれるのか。
どこにもない。怪しい民間療法の施設で死を待つだけになるわけにはいかない。
まだ3年しか生きていない息子の生存は無理かもしれない。
でも、無駄にしたくない。生きた証だけでも遺すことはできるはずだと思いました。
しんどかったです。
夫にアホなことを言ってしまうくらいに
「ドラクエでさー 勇者に選ばれるってこういうことだったんだねえ」
「あー 選択肢がない」
「戦わなかったら、死ぬ。 戦っても死ぬ 勇者に選ばれたら戦うしかないんだよ」
「我が子が勇者に選ばれちゃった、NPCのお母さんの気持ちが急に理解できたよ」
T-ALLの中でも、息子の症状は重く、すでに中枢神経への浸潤が起きていました。
ベル麻痺だと思っていた、顔面神経麻痺は。
白血病によって、がん細胞が中枢神経に入り込んで起きていたものだったのです。
白血球の数値、浸潤の有無で重度は変わります。
それに合わせて治療プロトコルも変わります。
息子は、中枢神経にすでに浸潤をおこしているため、放射線治療(頭蓋照射)が治療に組み込まれることになりました。
T-ALLの発症者数は、一般的なB細胞型の子の人数に比較すると非常に少ない。
そのため、私たちは、8割が生き残る白血病の子どもたちと一緒に、8割助からないという事実を抱えて治療をスタートしました。
小児病棟にはさまざまな疾病の子がいます。
同じ血液の病でも、再生不良性貧血や、副腎白質ジストロフィー、脳腫瘍の子も同じ病棟、同じ病室で治療を続けています。
小児急性リンパ性白血病の子が1000人いたら、そのうちB細胞型が950人。T細胞型は50人くらいの比率です。これが毎年の日本の発症数の目安です。
そのため、息子の主治医の先生もT-ALLの子を見るのは、別の病院以来ですとおっしゃっていました。
人数が少ないので、同じ急性リンパ性白血病のB細胞型よりもブレイクスルーの到来が遅かった。T細胞型白血病は、ネララビンが登場するまで治らない病だったのです。
私は、息子がT-ALLのために皆とは生存確率が違うこと、治療プロトコルも違い、使う抗がん剤の量もかなり多いこと、放射線治療まであることは、あまり周囲の白血病のママ達には話しませんでした。
別に隠しもしませんが、おなじ病をかかえた仲間たちです。
全員がつらいのです。突然、普通の暮らしができなくなってしまったのです。
ですから、極力、周囲に負担を与えないようにふるまいました。
淡々と、ああ、うちは型が違うから、ちょっと治療がハードなの、くらいの言葉を選び、毎日面会に行きました。
骨髄性の子の親御さんに「急性のあなたたちは治るからいい」と言われた時は
「うちは違うの 珍しい型だから、8割方助からないの」と答えました。
誰もが自分の子の命優先で、視野が狭くなります。
そのため、家族間でも言葉がきつくなったり、親類に白血病の者がいた、いないで争いを始めたり、祖父母が広島長崎で被爆していたからだと思い込む人もいます。
また、当時は福島第一原子力発電所事故が発生して1年目だった。
多くの親が、自分の子の小児がんは、原発事故のせいではないかと考えてしまう時期でもありました。
私の個人的な意見ですが。
影響はあったと思います。 まず、白血病の子の人数が多かったです。
そして通常は男児が多いのに、男女半々の人数でした。
実際の発症人数に関しては小児慢性特定疾患の悪性新生物の新規助成申請数を確認すれば分かります。
このブログでは詳しい数値を述べません。数値はご自身で確認してください。
個人の意見だけ述べます。
原発事故以降に、小児白血病の発症数が3倍に跳ね上がったとします。
それは逆に、3分の1の子は放射性物質のフォールアウトを受けた被ばくによってセカンドヒットが入り、発症したわけではないということです。
3分の1の子は、もともと原発事故に関係なく、発症する運命だったと。
私は、自分の子は、その3分の1なのでは、ないかなと思いました。
これを切り分ける方法はありません。
立証する方法がないです。
自分の子どもが、白血病になったけれど、それが原発事故のせいだと確定させる方法はないのです。因果関係の立証は個体単位では不可能なのです。
そして、そんなことを追及している時間はないのです。
闘病している子どもたちが生き残るために最善を尽くすことが最優先でした。
その姿勢を、病棟の医師や看護師さんたちは身をもって示してくれていた。
納得できないママたちに、私はこう言いました。
「今、原発事故の件をSNSなどでは話さないようにしましょう。子どもが病気になって頭がおかしくなった母親が放射脳になった!とバッシングされるだけだから」
全員が、頷きました。
ただでさえ、子どもが難病になって、精神的にギリギリなのに、
このうえネット上でバッシングなどされるのは耐えられない。
当時、小児がんを発症した子どもたちの親の多くは、この心境を経験しています。
そして私は、原子力爆弾と違い原発事故による被害は長く続くと考えていました。一度増えた悪性新生物の発症数は右肩上がりで累積するのではないかと危惧していました。
でも、それは杞憂でした。 小児病棟に大勢いた白血病の小児たちの人数は減っていったのです。
一時的に増加していた白血病の発症者数は、2017年あたりからピークアウトしていると私は考えています。
広島長崎での白血病発症者数と同じ形の放物線をえがいて、です。
何故、私がはっきり数値やグラフを示さないのかというと、THE文系なのです・・・
間違いを提示してしまうと大変なことになりますので、ぜひ理系の方に検証をしていただきたいと考えております。
詳しく、説得力のある検証を提示できない能力不足は申し訳ないのですが、
とにかく原発事故による影響は、飛散した放射性物質が原因のため、爆発が起きた後、一度、目に見える範囲では少なくなった私は考えています。
長期的に影響を与える放射性物質もありますので、長い時間をかけて影響を観測する必要があるでしょう。
臨床現場における医療関係者の対応は、淡々としています。
どんな理由で病気や怪我が発生しようとも、やるべきことは変わらないからです。
医師や看護師の方々、医療従事者の方々は、大量殺人を犯したものが運び込まれても、背景には関係なく命を助けます。
社会的な背景や同調圧力に関係なく、医療従事者としての矜持がそこにあります。
まず、生きている者を生かすことが最優先だからです。
緊急時にはトリアージ。助かるものから助ける、重症者から治療する。
今はまだ、それが優先される時期です。
いずれ、数十年を経た後に、イデオロギーの関係なく。
社会的な圧力を受けずに福島第一原子力発電所事故の影響を研究し、当時、何が起きていたのかを検証してくれる研究者が現れると私は信じています。
データはきちんと、大勢の方々が取ってくれています。
今は研究することで損をしてしまうこともありますので、まだ、その時期ではないと考えています。
長々と、私の個人的な経験を記述しました。次回(底辺腐女子が地雷レッテル貼りをされてPTSDになった話(6))からは、ブログタイトルの内容をはじめたいと考えています。
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